情報
トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024年/香港)(日本公開2025年)
監督:ソイ・チェン
アクション監督:谷垣健治
音楽:川井憲次
音声:広東語
出演:ルイス・クー、レイモンド・ラム、テレンス・ラウ、フィリップ・ン、トニー・ウー、ジャーマン・チョン、リッチー・レン、ケニー・ウォン、サモ・ハン、他
あらすじ
1980年代、まだ英国領だった香港に、九龍城砦と呼ばれる無法地帯があった。
香港に密入国してきた陳洛軍は、身分証を手に入れるために、殴り合いの喧嘩まがいの賭け試合で稼ごうとしていた。
試合には勝ったものの、マーケットの大ボスに適当にあしらわれ、身分証も金も手に入らないことを知った洛軍は、金に変えられそうなものを奪って逃走する。
必死に追っ手から逃げる洛軍がたどり着いたのは、違法な増改築を繰り返したことで巨大な城砦のようになった、九龍城と呼ばれる建物だった。
九龍城砦に逃げ込むことで、大ボスからの追っ手からは逃れられた洛軍だったが、奪ってきたものを内部の人間に売ろうとしたことから、シマ荒らしと見なされ、再び追われる身となる。
迷路のような九龍城内を逃げ回るうちに、洛軍は理髪店に飛び込んでしまう。
店主の壮年の男性を人質に取り、追っ手から逃れようとする洛軍だったが……
感想
まさかの理髪店の店主がめっちゃくちゃ強かった、という衝撃のシーン。
予告で見た気もするけど、それでもすごい衝撃です。
『リーサル・ウェポン4(1998年)』で敵役のジェット・リーの動きがまったく見えず、いや見えてるんだけど何をしてそうなったのかわからないうちに主人公側が倒されているという、いま何をやったの!? という衝撃と同じようなものを感じました。
こちらの映画の方が、もちろんわかりやすい表現になっているのだけど、人質にされてしまった理髪店の店主が、めちゃつよカンフーマスターに変わる瞬間の鮮やかさ。
タバコを落として、それが床に落ちる前に再び拾うまでの一瞬の、見事な形勢逆転劇。
かっこいい!!
このシーンを見た人は老若男女問わず、全員が龍兄貴に心奪われたと思います。
龍兄貴というのは、理髪店の店主の呼び名です。
その拳は竜巻のように、相手を回転させるように吹き飛ばす。
龍の起こす風のようだ、ということで、龍捲風。
いわゆる通称ですね。
黒社会のボスではありますが、洛軍を騙したマーケットの大ボスのような悪だくみをするような人ではなく、九龍城砦に暮らす人々が安心して暮らせるために自治をしています。
つまり、いい人です。
洛軍は龍兄貴に許され、金を稼ぐために九龍城砦で働くことになります。
そうして日々を過ごす中で、龍兄貴の懐の深さに惚れ込み、恩を受けたこともあり、「黒社会は嫌いだけど、ここにずっといたい」と思うようになるのです。

画像制作協力:ChatGPT(OpenAI)
仕事と生活の場となった九龍城砦で、洛軍は仲間と書いてマブダチと読む人たちと出会います。
最初に九龍城砦に逃げ込んだときに、峻烈で正確なナイフ捌きで洛軍を追い詰めた、龍兄貴が次期ボス候補と認める信一。
顔に傷があるらしく布のマスク(仮面)をかぶっている、筋骨隆々の医者、四仔。
龍兄貴の義兄弟(強い絆で結ばれている存在のこと。血のつながりや親類関係ということではない)である虎兄貴の配下で、かつて龍兄貴に助けられた恩義を感じている十二少。
一癖も二癖もある男たちが集まり、意気投合し、友となり、麻雀を楽しみ、語り合い、笑い合う。
洛軍はようやく平穏の地を見つけたんだなあ、としみじみとしたところで、不穏な影が忍び寄ってくるのです。
かつて九龍城砦で龍兄貴と死闘を繰り広げた男、陳占。
彼に自分の目の前で妻子を殺された秋兄貴(龍兄貴の義兄弟)は、陳占の忘れ形見である息子を探しています。
秋兄貴の執念を誰よりも知っている龍兄貴の表情には、翳りが見えます。
まあ、苗字が同じなんで、洛軍が陳占の息子なんだろうなと見ているこっちは見当がつくんですが、どういう事情で今こうなっているのかはわからないので、ハラハラドキドキしながら、ことの成り行きを見守るしかありません。
感想というより、あらすじを話しているみたいになっていますね。
この映画が好きすぎて、すべてのシーンが良すぎて、感想を話そうとするとあらすじを話すことになってしまいます。
龍兄貴の、九龍城砦で暮らす人々への思い。
信一や洛軍へ向ける、優しい眼差し。
洛軍たち4人が笑い合っているのを、穏やかだけれど少し切なそうに眺める表情。
自らの過去の争いと友情、決別を悲しみ懐かしむ回想。
龍兄貴をめぐる人間模様が複雑すぎて、いえ、ある意味シンプルなんですが、敵味方の人間関係が入り乱れていて、一言では説明できない。
この映画は、龍兄貴を中心とした人間関係に、洛軍が入り込んだことによって生じた争いとけじめの物語なんです。
だから、最初から最後まで、龍兄貴の存在感はすごいです。
龍兄貴という、強くて優しく、人間的魅力にあふれている人が九龍城砦の中心にいるからこその、どこか懐かしく切ない、ノスタルジックなストーリーになっているのだと思います。
虎兄貴も、秋兄貴もいいんだよなあ。
同じような思いを抱えていても、表出するものや、思いの深さ、執着の度合いが違っていたりして、そこもまた切ない。
龍兄貴周辺の人々のほとんどに、気持ちはわかるよ、でもね~と歯痒く思ったりするのも、映画鑑賞体験としてよかったです。

画像制作協力:ChatGPT(OpenAI)
九龍城砦は、香港が英国から中国に返還される際、返還完了前にかな、取り壊されました。
迷路のような複雑な構造の九龍城砦の一階、地上から、頭上を飛んでいくジャンボジェット機を見上げるシーンがあります。
めちゃくちゃ近いです。
見上げると、飛行機の胴体が目の前にあるかのような近さなんです。
これが誇張ではないことを、私は知っています。
まだ英国領だった1990年代に、香港へ行ったことがあるからです。
都会のビル群の近くにある空港での離着陸は難しいと説明を受け、ビルの群れを縫うようなイメージで飛行機が無事に香港に着陸した際は、機内で大拍手が起きました。
テレビのニュースで時々聞く北京語とは、かなり印象が違う広東語を話す香港の人々。
華やかな夜景と、明らかに貧困層が住んでいるとわかる場所との落差。
水上レストランで食事をしたときの、茶葉の味がしなくなっているのにお湯を注がれ続けたジャスミンティーの白いポット。
このときに初めて、ジャスミンティー(茉莉花茶)を飲みました。
この映画で描かれている香港を、旅行者としてですが、経験しているんです。
だからなのか、見ている間も、見終わったあとも、なんだかものすごく懐かしさを感じました。
1980年代の日本を想起させるものが何度も出てくるせいもあるでしょう。
でも、この映画が“懐かしい”のは、それだけじゃない。
かつて確かに存在していた九龍城砦という場所、そこで暮らしていた人々、彼らの営みが、今はもう失われて久しいということ。
失われた場所での、過去のエピソードが語られている。
ストーリーを追っているときは、“今、洛軍に起きていること”として見ているけれど、この物語が過去のもので、もう決着がついて終わっていることなんだ、ということを、観客である私たちは知っています。
それが、懐かしさと切なさを感じさせる要因なんだろうな、と思います。
アクション映画なんだけど、切なく懐かしい思いを呼び起こす、不思議な映画です。
とんでもない技巧のアクションを楽しみ、龍兄貴と洛軍を中心とした人間関係の複雑さに心を痛め、絆と親愛と友情と尊敬という美しい感情を見せてもらえることに心を震わせ、失われた物語を懐かしむ。
こんなに完璧に計算された映画、なかなかありません。
そして、一本の映画としての評価のほかに、単純に登場人物たちがみんなかっこよく愛すべき人たちで最高です。
龍兄貴をはじめとする、上の世代の人たち。
洛軍や信一たちの、次世代の若者たち。
覇権を争う、黒社会の人々。
とにかくみんな強くてかっこいいし、男たちの関係性がとても熱い。
熱量の高い感情の応酬に、胸が高まること請け合いです。
あと、戦いのシーンで「お前も強いんかい!」と何度も思うのが、また楽しいです。
コメディリリーフっぽい役に見えていた大ボスにも、そう思いましたからね。
「強いんかい! でもそりゃそうだよ、この人サモ・ハン・キンポーじゃん!」
サモ・ハンとクレジットされていますが、私にとってはサモ・ハン・キンポーという名前のほうが馴染みがあります。
香港映画=カンフー映画として認識したのが、ジャッキー・チェンとユン・ピョウとサモ・ハン・キンポーの出ている作品でした。
サモ・ハンの戦う姿を久しぶりに見ることができたのも、嬉しかったです。
アクション監督が『るろうに剣心』の谷垣健治さんなのも、音楽が川井憲次さんなのも最高です。
好きな要素てんこもりの大サービスです。
香港映画好きな人だけでなく、いろんな人に見てほしい映画となっています。
見たことがなければ、ぜひご覧になってください。
謎の懐かしさで、胸をいっぱいにしましょう!
ちなみに、この映画で描かれる男たちの関係性、特に「自分にとって憧れの強い存在」に対する感情から発生する関係性が好きな人は、2025年公開の『GHOST KILLER』(ゴーストキラー/2025年・日本)も好きなんじゃないかなと思うので、おすすめします。
※『GHOST KILLER』の感想記事はこちら
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