基本情報
『どうすればよかったか?』(2024/日本/ドキュメンタリー)
監督・撮影・編集:藤野知明
制作・撮影・編集:浅野由美子
あらすじ
どこにでもいる4人家族だった藤野家。
両親ともに医師の資格があり、研究をしているため、娘も医師になり研究をすることを目指していた。
そんな彼女に、統合失調症の症状が現れる。
両親は彼女の病気から目を背け、そしていつしか玄関には南京錠がかけられるようになった。
逃げるようにして家族から離れた息子は、姉と両親の姿を記録に残すため、彼らにカメラを向けるようになるが……
感想
統合失調症を発症した姉と、8歳下の弟。
姉の奇行と、それを見て見ぬふりをする両親から逃げるように、北海道から離れて上京し、映像学校でカメラを学んだ弟は、両親と姉の姿を、カメラに収めるようになる。
カメラを向けられていることに対する戸惑いや嫌悪は、両親からは感じない。
特に、父親は、「映像の勉強のために、身近な家族を撮影している」「家族の思い出として、旅行の記録を取っている」という息子(監督)の言葉を信じているようだった。
少し疑問を感じているらしい母親に、穏やかな表情と優しそうな笑みと柔らかい口調で、安心させるように息子の意図を説明する。
その様子から、優しい人なんだろうなということが伝わってくる。
そして、現実から目を背けて、自分の中で作り上げた家族の虚像を、本物だと信じていることも伝わってきて、胸が苦しくなった。
この人には、家族はどう見えていたのだろう。
自分と同じく医師であり、優秀でしっかり者の妻。
面倒見がよく勉強ができて、医師を目指す娘。
その娘が、統合失調症を患ったことで、性格、いや、人格が変わったかのようになってしまった。
それでも、父親の目には、少し怒りっぽくなっただけだ、というふうに見えていたのかもしれない。
いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
娘は病気ではない、異常なところなどない、何も問題は起きていない、家族は何も変わっていない、と。
弟(監督)が母親に、姉を精神科に連れていかなくてはならない、治療を受けさせるべきだ、と強い口調で詰め寄るシーンがある。
そのときに、「そんなことをしたら、パパは死ぬよ。パパが死んじゃってもいいの?」というようなことを、母親が言う。
この場面で、母親は、父親の心を守るために、娘の病気を見て見ぬふりをすることにしたのだ、と思った。
夫に寄り添い、夫の心を守るために、自分も夫と同じように振る舞うことにした。
娘より、自分の子供よりも、夫を選んだ。
母親は、父親よりは、娘の状態をわかっていたのかもしれない。
だからこそ、玄関に南京錠をかけ、彼女を閉じ込めた。1人で外へいけないようにした。
病気ではない、と思っているのなら、そんなことはしないだろう。
母親は、わかっていた。
自分の娘が、精神の病気であることを。
だけど、それを認めない、認めることができない、認めたら自分の心を守れなくなってしまう夫のために、夫の振る舞いに合わせることにしたのだ。
そうしていびつな形で存続している家族の誰もが、老いていく。
問題は解決しない。
そのうちに、母親に認知症の兆候が現れる。
その言動は、口調はしっかりしているものの、統合失調症を患う娘と同じようなものになっていく。
この母親の認知症がきっかけで、ようやく姉は医療にかかれるようになる。
合う薬が見つかり、姉は弟に向かって何十年ぶりかで、「ともちゃん」と呼びかける。
その姿を見たとき、もっと早くこうしていれば、と痛切な後悔の念のようなものが湧きあがった。
ただの視聴者がそう思うのだから、弟(監督)の心情は計り知れない。
姉の治療が始まり、発症以前のようにとは言えないまでも、穏やかな日常が藤野家に戻ってきた。
父親の様子は特に変わらない。
母親が心配していたように、壊れてしまうようなことはなかったようだった。
母親はしなくてもよい心配をしていたのか?
父親が壊れてしまうという思いは、妄想のようなものだったのだろうか?
その思い込みがなければ、もっと早く医療に繋げることができたのでは?
だが、ラストで弟(監督)が父親に問いかけたことへの返答で、少しわかったような気がした。
父親は、そもそも現実を何も見ていなかったのだ。
娘が病気かどうかは、彼にとって関心の外のことで、彼は彼の中にある「自分の普通の家族」だけを見て、その中で父親として、夫として、研究者として、振る舞っていただけなのだと思った。
だから彼は、他人から見ると地獄のような状態にあった、この家族の中で唯一、もしかしたら、幸せだったのかもしれない。
どうすればよかったか?
早く医療に繋げるべきだった、とは思うけれど、母親、父親、そして弟との関係、それぞれの人となり、別個の人格を持った“自分ではない他人”が集まって家族として暮らしていく中でお互いをどう認識しているか、などを考えると、答えは出ない。
見ている間も、見終わったあとも、心に重いものが残るが、誤解を恐れずに言えば、とても興味深く面白い作品でもある。
この先、折に触れ、またそのような場面に遭遇したときに、この言葉を思い浮かべることになる。
どうすればよかったか?
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